2013/09/27

SSRIと心の風邪 part1

 
 イーサン・ウォッターズの『クレイジー・ライク・アメリカ』がおもしろかったので、今回はそれをもとにつらつらと。
 翻訳が今年の7月に出たばかりで、編注も付いているし、翻訳本にしてはリーズナブルだし、とても良い本だと思います。
 
 今回は、第4章「メガマーケット化する日本のうつ病」について
 
 日本でうつ病患者が増えていると言われる。

 たとえば、こちらの記事(西多昌規「薬漬け:現代医療の『サイド・エフェクト』」)を参考にさせてもらうと、2008年の日本の「うつ病・躁うつ病」の総患者数は、じつに1996年の2倍以上である。
 12年で2倍以上というのはなかなかの増加率に思える。
 おそらく、「うつ病」という疾患そのものが日本で一般に認知されるようになったのもこの時期だろう。
 
 患者急増の理由を推察するに、そうした病気の知識の普及が、これまで見過ごされてきた「患者」を掘り起こすことで、結果、患者数が増えたのだと思える。
 
 でも、こうした見方は、少なくとも事態のごく一部しか捉えていないようだ。
 というのも、うつ病患者の急増には、そうした認知の問題より遥かにはっきりした要因が他にあると指摘されているからだ。
 
 その要因とは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の登場である。
 
 
 
 日本を事例にこのことを明らかにしたのが、先の西多さんの記事でも引用されている、冨高辰一郎の『なぜうつ病の人が増えたのか』である。
 書名の通り、日本におけるうつ病患者増加の背景を探った本である。
 
 日本ではいつ頃からうつ病患者が増えたのだろう?
 冨高は、いくつかのデータからその時期を1999年頃と見積もる。
 
 これまでうつ病患者の増加は、しばしば経済不況が背景にあると説明されてきた。
 不況を背景としたストレスの増加が要因だと。
 
 冨高はしかし、この説は説得的でないとする。
 日本では経済不況とうつ病患者の増加の時期が微妙にズレている(英国だともっとズレている)からである。
 
 では、より説得力のある要因と考えられるものは何か?
 それが、SSRIの販売開始である。
 日本では1999年にデプロメール/ルボックスが、翌2000年にはパキシルが市場に導入された。
 
 「SSRIの導入」、そして「うつ病患者の増加」。
 ただ起きたことを順に記せばこうなる。
 「導入」のあとの「増加」は果たして偶然だろうか?
 
 冨高は偶然ではないと答える。
 なぜならこの現象は、日本以外の先進国でも観察される非常に再現性の高い現象だからだ。
 「米国、英国、フランス、カナダ、ドイツ、イタリア、スウェーデン、デンマーク、ノルウェイ、フィンランド、アイスランド、オーストラリア」(冨髙 2010: 60)でも同様の現象が確認できると冨高はいう。
 SSRIの市場導入は、必ずといってよいほど、当該国におけるうつ病患者の増加をもたらす。
 冨高はそれを「SSRI現象」と呼ぶ。
 
 問題は、なぜSSRI現象が起きるのか、である。
 普通に考えて、うつ病に効果的と謳われる治療薬が販売されれば、患者数は減るはずではないか。
 もしかしてSSRIにはまったく効果がないのか。
 しかし仮に万が一そうだとしても、なぜ患者数が増えるのだろうか。
 
 冨高が注目するのは、製薬会社による「病気の啓発活動」である。
 
 
 
 『クレイジー・ライク・アメリカ』に戻ろう。
 第4章で描かれるのも、そうした「病気の啓発活動」の諸相である。
 
 関係者へのインタビューを交えながら、とくにGSK社(グラクソ・スミスクライン株式会社)が日本で「パキシル」を売り出すにあたってどのような活動を行ったかをウォッターズは記述している。
 (ただし1999年にはこだわってはいない。)
 
 たしかに、治療薬を商品とする企業にとって需要の開拓とは、病気・患者の開拓を意味するだろう。
 そうした開拓が、過剰で強引なものに思えるとき、近年になって、それは「disease mongering」(病気の押し売り)などとして批判されてきた。
 例としてADHDや男性型脱毛、性機能障害などが挙げられる。
 日本ではたしかメタボリック症候群」がこの文脈から批判された。
 
 参考までに、disease mongeringについて書かれた論文としては以下のものがあります。

  • Moynihan, Ray, Iona Heath, and David Henry, 2002, "Selling Sickness: The Pharmaceutical Industry and Disease Mongering," British Medical JournalApril 13; 324(7342): 886–891. (⇒ リンクはこちら
 
 GSK社、および日本でSSRI市場の拡大を目指す人びとがしようとしたのは、何か?

 それは、大袈裟にいえば、日本の精神疾患概念を書き換えることだ。
 
 
 というところまでで、ちょっと長くなりそうなので、いったん閉じます。
 
  
 ※冨高さんの本はkindle版が安いです。
 
 

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